2005年02月04日

被告人、前へ。

プーという身分を生かした平日の東京旅行をしてきたのであるが、平日しかできないことをやってやろうと企んでいて、いくつか実行してきた。その1つ。東京地方裁判所にて裁判を傍聴するということだ。

●裁判所を訪れるとその日の裁判予定が冊子にして置いてあり、みなそれを閲覧して法廷に足を運ぶ。ワタシは興味本位に重大事件や人の命を奪ったような事件がないか、探してしまった。関係者からみた場合、複雑な心境だろう。どこの馬の骨か分からないような人間が身内の事件を聞きに来る。それを拒むことは出来ないのだ。裁判は公開である。しかし、興味だけで傍聴するのは権利の濫用ではないのかとも思いながら、法廷に足を運んだ。

●その日、ワタシが傍聴した裁判は2つ。1つは強姦罪。1つは傷害致死罪。前者は、結審。被害者(被告の交際相手の女性、内縁の妻に近い存在らしい)が寛大な処置を望んでいる旨が弁護人より通知された。検察官は懲役刑を求刑したが、おそらく執行猶予付になるのであろう。後者も結審。暴行罪か傷害致死罪かをめぐって、論戦もあった。被告(元右翼、元暴力団関係者、前科4犯)は被害者(現役暴力団員)をボコボコにした。被害者は被告からの暴行から逃れようとし、車道に飛び出したところを車に轢かれ、死亡した。この事件は繁華街で起こったものらしく、ビデオに犯行が記録されていた。車道に飛び出した被害者に向けて差し出された被告の手が、焦点となった。弁護人は手は反射的に出されたものであり、その時点で被告に暴行の意思は無かったといい暴行罪を主張した。検察官は被告の手はなおも被害者を痛めつけようとしているものであるとして傷害致死罪を主張した。弁護人はもうだめだという表情を見せ、反論も乏しかった。被告は実刑判決を受けることになるのだろう。

●裁判を傍聴して思ったのだが、法廷はプロの職場である。裁判官・検察官・弁護人というプロがいて、記者というプロが見守る。被告人も「玄人さん」の場合も多い(後者のように)。そこにまぎれこんだワタシのような人間はただただ見守るばかり。インプレッションは受けても、深淵まではわからない。道化である。

●しかし、裁判の傍聴は我々の権利である。興味本位に傍聴するのは、権利の濫用かもしれない。が、裁判というプロの職場を見学することは、この社会を生きる上で何か自分への肉付けになるかもしれない。機会があるのなら、ぜひ体験しておくべきもののようにワタシは「感じた」。

●東京地裁のサイトはこちら。福井地裁はこちら


posted by ゲルト at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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