2005年02月16日

世界最大のパズル

ドレスデンフラウエン教会再建のNHKのドキュメンタリーを視聴する。去年外観の復元が完成したことによる中間報告的ものだ。

●かつてのザクセン王国の首都ドレスデンは「エルベ河畔のフィレンツェ」と称されたほど、優美な都市であった。しかし、ザクセン王国は消滅し、ドイツは第三帝政(ナチ)の時代になる。フラウエン教会(聖母教会)を含むドレスデンの歴史的建造物は、1945年2月13日の米英軍のじゅうたん爆撃によって徹底的に破壊された。終戦後、社会主義体制のドイツ民主共和国において復興は進み、ゼンパーオーパー(ザクセン州立歌劇場)は1985年に40年ぶりに再開場した。しかし、フラウエン教会のみはガレキのまま残され、ドレスデン爆撃の被害を表現する手段として残されたままであったのである。そう、ヒロシマのドームのように。

●90年代、ドイツ民主共和国は「民主化」され、ドイツ連邦共和国に編入される。人々の考えも変化してきた。フラウエン教会を再建することにしたのである。再建するにあたり、彼らドレスデン市民には信念があった。残されたガレキを使って再建しようというのである。残されたガレキをナンバリングし、CGにてどこに配置すべきかを探してゆく。もちろんもう使えないガレキもある。ならば、同じ材質、同じ工法にて再現しようというのだ。そして昨年、タワーのてっぺんの十字架が再現され、フラウエン教会の外観が復元されたのである。NHKの番組の趣旨は、教会は欧州和解のシンボルということであった。復元費用の半分以上は寄付である。かつて空爆をしたイギリスの国王や市民、ナチの被害を受けたポーランド市民の協力があったということだ。

●ワタシは、かの地を2度訪れたことがあるのだが、再建が進んでいるのは感じ取れた。2006年の完成予定というので次に訪問するときは中に入ることも可能なのだろう。待ち遠しい。

●このようなこだわりをもって復元されたのは、フラウエン教会だけではない。前述したゼンパーオーパーも緻密に再建された。再建には設計者ゼンパーの息子も携わった。以下はドレスデンシュターツカペレの首席指揮者であった若杉弘氏のインタビューで知った話である。再建内覧会のとき、ある老婆が大理石でできた柱の色が当時と違うと申し出た。こげ茶色ではなくグリーンが正しいというのだ。再調査した結果、空爆で焼けてしまいこげてしまった大理石の色を「忠実に」復元してしまったことが明らかになる。すぐさま、グリーンの大理石に置換したという。再建開場後、R・シュトラウスの「エレクトラ」において、オケがピットに収まりきらないことが判明した(巨大編成なのである)。当時を知る老人の証言が出てくる。「エレクトラのときはアリーナの前の何列かが外れてピットになったはずだ」。数ヶ月の間、歌劇場を閉鎖して工事し直したという。

●そのせいかどうかは知らないが、ゼンパーオーパーの音響はすばらしく良い。とはいえワタシは欧州の歌劇場は3箇所ほどしか知らない。ましてや、天井桟敷においてでしか聴いていないので、一般的な鑑賞にあてはまるかどうかはわからない。ベルリンのリンデンオーパーやドイチェオーパーよりも、ミュンヘンのシュターツオーパーよりも響きはよかった。オケの音の柱がドカンドカンと飛んでくる印象があった。ワタシはオペラを管弦楽作品として聴くので、ウタの音響具合については覚えていない。ただ、オケは良い音で聴こえた。

●あぁ、またドレスデンに行きたい・・・。ラファエロが観たい。ゼンパーオーパーに行きたい。フラウエン教会近くのカフェでビールを飲みながらぼんやりしたい。


posted by ゲルト at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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